心理的安全性とは?
そもそも『心理的安全性』とは、1999年にハーバード大学で提唱された概念で、「psychological safety」の和訳であり、心理学用語の一つです。具体的には、組織やチームにおける立場に関係なく、従業員一人ひとりが自由に発言できる状態のことを表しています。
不安や恐怖を感じずに、安心して自分らしく表現できることでもあり、多様性を尊重する現在においては、ますます重要視する組織が増えてきました。もともと心理的安全性が注目されたきっかけは、Google社の4年に渡る調査『プロジェクト・アリストテレス』が大きく関係しています。
このプロジェクトでは、約180のチームを調査したところ「優秀な人材が多いチームよりも、心理的安全性が高く協力的なチームほど生産性が向上する」ことが示唆されたのです。
心理的安全性が低いとどうなる?企業に生じる弊害
それでは、心理的安全性が低い組織・チームにはどのような弊害が生じるのでしょうか。ハーバード大学のエドモンドソン教授は、心理的安全性が低いと以下の4つの不安が生じてしまうと述べています。
- 無知だと思われる不安
- 無能だと思われる不安
- 邪魔をしていると思われる不安
- ネガティブだと思われる不安
これらの不安は、従業員一人ひとりの行動に悪影響を及ぼすだけでなく、企業においても大きな弊害が生じてしまいます。具体的にどのような行動や弊害が起こりうるのか、詳しくみていきましょう。
弊害(1)空気を読んで本音を隠してしまう
弊害(1)空気を読んで本音を隠してしまう
心理的安全性が低い組織・チームでは、従業員は周囲の空気を読み、本音で話すことができません。
「質問しても誰も教えてくれないだろう」
「何も分かっていないと責められるかもしれない」
など、上司や同僚から馬鹿にされることを恐れて、発言を避けるようになってしまうのです。
これらは、前述した「無知・無能だと思われる不安」にも当てはまることです。チーム内への問題提起が少なくなるため、いつまでも昔の仕事の進め方に固執する人が増えてしまうなど、チームの成長を阻害する要因となってしまいます。
弊害(2)批判的な反応を恐れてパフォーマンスが下がる
弊害(2)批判的な反応を恐れてパフォーマンスが下がる
心理的安全性が低い組織・チームでは、従業員は周囲の批判的な反応を恐れて仕事のパフォーマンスが低下してしまいます。
仕事上において不可欠な意見だったとしても、周囲から「いつも文句ばかり」「協調性が足りない」などと言われてしまうと、発言が怖くなるのも当然のことでしょう。これは、前述の「ネガティブだと思われる不安」に該当しています。
「意見を伝えることで先輩が傷つくのではないか」
「面倒な人だと思われるかもしれない」
など、率直な意見を伝えることに抵抗感を覚えて、次第に発言をしなくなってしまいます。その結果、重要な改善点を見逃してしまい、プロジェクトが頓挫することにもなりかねないのです。
弊害(3)心身の不調があっても限界まで我慢してしまう
弊害(3)心身の不調があっても限界まで我慢してしまう
心理的安全性の低い組織・チームでは、ストレスによって心身の不調が出ていても、限界まで言い出せず我慢してしまいます。
本来、新入社員や異動したばかりのメンバーは、チーム内でのサポートが欠かせません。しかし、「またミスしたの?」「前も教えたよね」など、嫌な態度をとられてしまうことで、周囲に対して「邪魔をしていると思われる不安」を感じやすくなってしまいます。
すると、次第に休憩時間にもチームとコミュニケーションをとることを避け、孤独感を強めることになるのです。その結果、うつ病や適応障害の症状を訴え、業務に支障をきたす恐れも出てしまいます。
弊害(4)休職者・退職者が増えて採用コストがかかる
弊害(4)休職者・退職者が増えて採用コストがかかる
心理的安全性が低い組織は、本来の能力を発揮できずメンタルヘルスの不調を訴える人も増えることから、休職する従業員や退職者も増えることが容易に想像できます。
実際に、2021年に実施された意識調査では、心理的安全性スコアが低い人ほど離職を検討している人が多いことが明らかになっています。また、オーストラリアで約1,000人を対象とした研究によれば、心理的安全性が低い職場ではうつ病の発症リスクが3倍になることも確認されたようです。
突然の休職や退職は、人員確保のコストがかかるだけでなく、従業員のモチベーションを下げる要因になってしまいます。「私も辞めようかな」と同時期に退職者が増える事態につながることも少なくありませんので、注意が必要でしょう。
弊害(5)問題に気付かず、企業の信頼度が下がる
弊害(5)問題に気付かず、企業の信頼度が下がる
心理的安全性の低い組織・チームでは、初期段階のミスを報告することをためらってしまい、初動が遅れてしまう危険があります。
周囲に「無能だと思われる不安」によって、自分でどうにか解決しようとしてしまい、本来なら報告すべき事案が上司に共有されないといった状況になってしまうのです。
ミスの発覚が遅れて大きな問題に発展してしまった場合、マスメディアやSNSで不祥事が取り上げられてしまう恐れもあります。そうなると、企業の信頼度は一気に低下してしまい、売上の損失にも影響を及ぼすことになってしまいかねません。
心理的安全性が高いことの効果やメリット
組織やチームの心理的安全性が高いと、生産性が向上することが知られていますが、具体的にはどういった効果が得られるのでしょうか。続いては、職場の心理的安全性が高いことで従業員や企業にもたらされるメリットについて、6つを挙げて解説していきます。
メリット(1)建設的な話し合いができる
メリット(1)建設的な話し合いができる
心理的安全性が高い組織・チームは、お互いが切磋琢磨し、建設的な話し合いができます。
企業として成長するためには、従業員がお互いの意見を尊重しながら、反対意見も交わせることが重要です。ですから、組織全体や各部署の目標達成に向けて、適切な評価・改善を実行できることがメリットといえるでしょう。
役職や立場に関係なく、それぞれが意見を言いやすい環境になりますので、「意見の偏り」「空気を読んだ気遣い」などを防ぐこともできるはずです。
メリット(2)個人の強みが活かせる
メリット(2)個人の強みが活かせる
一人ひとりの従業員が得意分野を活かして、生き生きと働けることも心理的安全性が高い組織・チームのメリットといえます。
風通しの良い職場では、意見交換が活発になり、新しいアイデアが生まれやすくなります。その結果として、仕事の質が上がり、モチベーションも高く保てるということも利点でしょう。従業員が個々の能力を発揮することで、残業時間の短縮などコスト削減も期待できるはずです。
メリット(3)円滑な情報共有ができる
メリット(3)円滑な情報共有ができる
心理的安全性が高い組織では、各部署の連携がスムーズになります。
率直に意見を交わせるので、些細なことでも相談しやすく、ミスの報告についても迅速に共有することが可能です。例えば、チーム内で「ヒヤリハット」の事例を共有して改善策を話し合うなど、前向きに捉えることができるようになるのです。
また、取引先や顧客とのトラブル・クレームにも速やかに対処できるため、再発防止策を講じるなどのフォロー体制が確立することも利点といえるでしょう。
メリット(4)パワハラが起こりにくくなる
メリット(4)パワハラが起こりにくくなる
心理的安全性が高い組織では、ハラスメントが起こりにくくなります。チーム内で良好なコミュニケーションがとれるため、上司からの指摘や意見について齟齬なく受け止めることができるのです。
もし上司の指示に反対意見があった場合でも、我慢せずに主張できるため円満な話し合いが可能になります。逆に心理的安全性が低いと、無能や無知だと思われるという不安によって意見することもできず、パワハラにつながってしまう恐れがあるのです。
メリット(5)チームの目標・方向性が明確になり、結束力が高まる
メリット(5)チームの目標・方向性が明確になり、結束力が高まる
心理的安全性が低い状況では、部下に対する指示内容に理由や根拠がないことが多くあります。
「ちょっと急ぎだから、今日中にお願い」
「あなたは考えなくていいから、とにかくやってちょうだい」
このような“過程が分からない指示”は大きなストレスを生み、意見を言えない雰囲気を作ってしまう要因になります。
一方で、心理的安全性が高い組織は、チーム全体の方向性が分かりやすいので、一人ひとりが目的意識を持って行動することができるのです。
メリット(6)休職者が減り、人材の定着率がアップする
メリット(6)休職者が減り、人材の定着率がアップする
心理的安全性が高いと、従業員の人間関係のストレスは軽減するため、人材が定着しやすくなります。素直に意見を言い合えるチームで働くことで、仕事のやりがいを感じやすく「自分の居場所がある」というポジティブな認識につながります。
また、自分の強みや能力を活かした業務を任せてもらえるため、企業内でのキャリアプランも描きやすくなるでしょう。
さらに、管理者や上司は、部下と良好な信頼関係を築くことでメンタルの不調があった時に早期に気付けるだけでなく、部下からも相談しやすい環境が生まれていきます。
※参考:「【大学教授監修】社員定着率を高めるための分析方法と、原因別に使える4つの対策」
職場で心理的安全性を構築する方法とは
ここまで解説してきたように、職場の心理的安全性が低いと、相手に人格否定されることを恐れて発言を控えてしまい、報告すべきことの情報共有が遅れるなど、業務に支障が出ることがあります。
では、心理的安全性が保たれているチームを作るにはどのように働きかければ良いのでしょうか。続いては、明日からでも取り入れられる具体的な心理的安全性の構築方法について解説していきます。
方法(1)相手に感謝の気持ちを伝える
方法(1)相手に感謝の気持ちを伝える
業務中に従業員同士が感謝の気持ちを言葉にすることは、心理的安全性を作るのに非常に有効です。
「いつもありがとう」「仕事が丁寧で助かります」など、「やってくれて当たり前」だと思わずに、きちんと感謝を伝えましょう。感謝を伝えられた側は、自分の存在意義を見出して、より一層チームに貢献しようという気持ちが生まれやすくなるのです。
上司から積極的に挨拶をすることも、心理的安全性を作るためには重要です。
「〇〇さん、お疲れさま」「△△さん、おはよう!」など、相手の名前をつけるだけでコミュニケーションは深まっていくものです。
方法(2)非言語コミュニケーションを意識する
方法(2)非言語コミュニケーションを意識する
チームにおける心理的安全性を構築するためには、言葉だけではなく、非言語的コミュニケーションも意識する必要があります。
- 相槌を打つ
- 相手の目を見て話す
- 話している相手の方に身体を向ける
- にこやかな表情
これらの非言語的コミュニケーションは、話しやすい職場作りにも有効です。逆に、攻撃的・威圧的に感じられる非言語コミュニケーションとしては、以下のようなものがあります。
- 腕を組む
- 貧乏ゆすりをする
- 不機嫌な顔をする
- 物音を大きく立てて、忙しそうに振る舞う
こうした無意識の仕草は、リモートワークでも顕著に現れやすいため、注意しなければなりません。
方法(3)「アイメッセージ」で意見を伝える
方法(3)「アイメッセージ」で意見を伝える
相手の意見に耳を傾けることは、心理的安全性が保たれるチーム作りの基本となります。
そうした建設的なコミュニケーションの方法として、『アイメッセージ』がおすすめです。反対意見があったとしても、相手を責めるのではなく、自分を主語にして要望を伝えるように心がけましょう。
悪い例:(あなたは)なんで率先して仕事をしないのか?
良い例:(わたしは)こういう思いがあるから、あなたにこの仕事をやってほしい
アイメッセージはハラスメント対策だけでなく、人材育成としても効果があります。適切な形で指示や指摘ができると、相手は「でも」「だけど」と反論することなく、素直に受け止めて改善しようと思えるようになるのです。
職場の心理的安全性を高める方法とは
心理的安全性という言葉は、「みんな仲良し」「どんな意見でも認め合う」といった誤ったイメージを持たれることも少なくありません。解釈を間違えてしまうと、ぬるま湯に浸かっているような職場になってしまい、本来のメリットを享受することができない恐れもあります。
次は、組織やチームで心理的安全性を高める方法について紹介していきます。
方法(1)メンター制度を導入する
方法(1)メンター制度を導入する
心理的安全性を高める方法として、サポート体制の見直しを行って「メンター制度」を導入することは効果的です。
メンター制度は、新人社員の悩みや孤立感を早期に解消する目的があります。単なる指導ではなく、新人の自発的な意見や考えを引き出す場でもあるため、自然と密なコミュニケーションが図れるようになることがメリットでしょう。
メンターから「何か困ったことはないかな?」と手を差し伸べる姿勢を見せることで、より心理的安全性は高まっていきます。
また、相手に対してフィードバックを伝えることも効果的です。「自分を認めてくれている」という安心感が生まれますので、モチベーションが高まっていくことも期待できるでしょう。
方法(2)会議前にアイスブレイクを取り入れる
方法(2)会議前にアイスブレイクを取り入れる
チームの心理的安全性を高めるためには、「アイスブレイク」を導入して場が和みやすくすることも効果的です。
アイスブレイクは、定例会議や1on1ミーティングの前に取り入れることで、緊張感をほぐし、活発な意見交換を促す目的があります。自己紹介ゲームや、話題になっている明るいニュースについて各自が触れるだけでも良いでしょう。
上司が積極的に取り組むことで、威圧感が軽減されてスムーズに会議が進行していくことが期待できます。
方法(3)ハラスメントに関する知識を深める
方法(3)ハラスメントに関する知識を深める
組織やチームの心理的安全性を高めるには、ハラスメントを正しく理解することも重要です。
- ハラスメントの種類や具体的な事例
- 勤務形態や役職によって異なる受け止め方
- 男女や世代による価値観の違い
これらのように、相手に配慮した伝え方やギャップが生じるきっかけについて知ることで、普段の言葉の選び方を見直すことができるはずです。
方法(4)アサーティブ・コミュニケーション研修を開催する
方法(4)アサーティブ・コミュニケーション研修を開催する
心理的安全性を高めるために必要なスキルの1つとして「アサーティブ・コミュニケーション」があります。アサーティブとは、相手を尊重しつつ自分の意見を率直に伝える自己表現方法です。
「アサーティブ・コミュニケーション」は、無理に性格や考えを変える必要はなく、方法を学んで実践することで、誰でも習得できる技術です。相手を傷つけるような攻撃的な言葉を使ったりせずに要求を伝えられるようになりますので、習得すれば職場の雰囲気は確実に良くなっていくでしょう。
方法(5)EAP(従業員支援プログラム)を導入し、相談窓口を提供する
方法(5)EAP(従業員支援プログラム)を導入し、相談窓口を提供する
心理的安全性を高めるには、チームや従業員一人ひとりの取り組みだけでは本質的な解決に結びつかない場合があります。経営者や組織全体で良い職場の仕組みを作るためには、「EAP(従業員支援プログラム)」の導入も検討しましょう。
EAPとは、メンタルヘルスケア対策として厚生労働省が推奨しているケアの一つです。社外に相談窓口を設けることで、従業員は仕事の悩みや心身の不調があったときに我慢せずに話せるようになります。
また、管理者向けのハラスメント研修やコミュニケーションスキル講座も用意されていることが多いので、EAPを導入することで心理的安全性の高い健全な職場作りが目指せるでしょう。
EAPについて詳細を知りたい方は、下記のコラムも併せてご参照ください。
※参考:「EAP(従業員支援プログラム)とは?サービスの選び方や導入するべき理由、メリットなどを徹底解説」
メンタルヘルスケアならパーソルビジネスプロセスデザインへ
心理的安全性を高めるためにメンタルヘルスケア対策をしようと思っても、対面での相談に抵抗を感じる従業員の方は多くいるかと思います。そこで、私たちパーソルビジネスプロセスデザインでは、“アバター”によって誰もが気軽に心理師にアクセスできる環境を提供しています。
それが「KATAruru」(かたるる)というサービスです。
「KATAruru」は、誰もが気軽にメンタルヘルス支援を受けられる環境を提供することを目指し、認知行動療法などを研究する東京大学の下山研究室とパーソルビジネスプロセスデザインで共同研究を行い実現した、『こころの健康アバター支援サービス』です。
このサービスでは、相談者と心理師の双方がアバターを利用してオンライン上で心理相談をすることができます。プライバシーが保護された環境で、安心してどこからでも心理師に相談できるのが特徴です。
詳細につきましては「関連サービス」や、ダウンロード資料などをご覧ください。なにかご不明な点があれば、お気軽にご相談くださいませ。
※関連ページ:KATAruru(アバターによるメンタルヘルス支援)