海外赴任者への健康診断はどうすればいい?内容や実施方法などを徹底解説

海外赴任者への健康診断はどうすればいい?内容や実施方法などを徹底解説

従業員の海外赴任にあたっては、日本との環境の違いから生じるさまざまな健康問題への懸念があります。そのため、従業員の健康を守りながらビジネスを成功させるためには、海外赴任者の健康管理施策が重要だといえるでしょう。

代表的な施策として挙げられるのが、法律で義務付けられている赴任前や帰国後の健康診断です。その他にも、赴任中の健康診断、受診時の医療機関の選定、健康指導など、海外生活中の健康管理も必要になってきます。しかし、海外赴任が急に決定して「従業員の健康診断まで手が回らない」という担当者の方も多いのではないでしょうか。
また、赴任先によって健康診断や治療を受けるための手続きが異なるため、「どのように実施すれば良いのか」と頭を悩ませることもあるでしょう。

そこで本記事では、海外赴任者に対する健康診断の義務範囲や、赴任先での健康管理方法について解説していきます。海外勤務の従業員への健康管理についてお悩みの担当者の方は、ぜひ参考にしてください。

目次

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    海外赴任者の動向は?

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    外務省の令和4年度の統計によると、海外に在住する日本人のうち、3ヵ月以上滞在している「長期滞在者」は75万1,481人です。新型コロナウイルスの影響を受けて2020年以降減少していますが、1992年の約42万人から、30年間でおよそ1.8倍にまで増加しています。

    ※参考:外務省「令和4年度海外在留邦人人数調査統計」(PDF)

    また、地域別で「長期滞在者」をみると、北米(約37.7%)、アジア(約28.4%)、西欧(約16.3%)と、3つの地域で8割強を占めています。さらに、国別ではアメリカ(約32.0%)、中国(約7.8%)、オーストラリア(約7.3%)、タイ(約6.0%)、カナダ(約5.7%)という順位になっています。

    1990年代は北米やヨーロッパが中心でしたが、2000年代以降、中国やタイを中心としたアジア地域への海外赴任が増加している状況です。

    海外赴任者の健康問題とは?


    では、そんな海外赴任者に起こりうる健康問題には、どのようなものがあるのでしょうか。赴任先の環境変化によって起きる主な問題について、6つを挙げて解説していきましょう。

    問題(1)生活習慣病の増加


    海外の食事は、日本の和食よりも高カロリーで脂質が高い傾向にあります。また、国土の広い国や日本ほど交通機関が発達していない国では、車社会であるため歩く機会が少なくなってしまいます。結果、運動不足やカロリー過多な状態に陥り肥満になりやすいといえるでしょう。

    ですから、注意しておかなければ肥満のリスクは高まっていき、Ⅱ型糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病を招きやすいのです。

    問題(2)大気汚染や環境汚染


    中東やアジアではPM2.5やPM10などの大気汚染による健康被害が懸念されています。質の悪い燃料を使用することにより、屋内での汚染が起こる可能性もあります。健康面に悪影響が出ないよう、作業環境には十分注意する必要があるでしょう。

    また、大気汚染については長期間暴露された後に発症することもあります。そのため、赴任中に症状が出ていなくても、帰国後に何らかの疾患を発症する可能性も否定できません。帰国後の健康診断で丁寧にフォローするといった対策が必要になるでしょう。

    問題(3)感染症


    赴任先の地域によっては、衛生管理が不十分な食料品や飲料が出回っていることがあります。サルモネラ菌、カンピロバクターなどの病原菌による感染症には注意が必要でしょう。飲料はミネラルウォーターや煮沸した水を飲むようにして、食料品は生で食べないようにする必要があります。

    また、昆虫や動物から感染する病原体にも注意が必要です。具体的には、蚊が持つデング熱やマラリア、犬から感染する狂犬病などが挙げられます。これらの対応として、出国前や赴任中にワクチンを接種して予防することが重要になります。

    複数回の摂取が必要なワクチンもありますので、必要になる場合は余裕をもって接種スケジュールを組まなければなりません。

    問題(4)メンタルヘルス不調


    海外赴任の際には、環境変化による多大なストレスからメンタルヘルス不調に陥る従業員も少なくありません。本社からの期待とプレッシャー、文化の違い、相談相手の少なさなどから「ストレスをため込みやすくなる」ことが原因ともいわれます。

    海外赴任時に抱きやすいストレス因子についてはあらかじめ従業員に伝えておくとともに、相談できる窓口や担当者を決めておくことも重要になるでしょう。

    問題(5)気候変化による病気


    海外赴任先が熱帯地域の場合には、気候によって熱疲労や脱水症状を引き起こしやすいといえます。特に、降圧剤を服用している人や糖尿病の人は脱水を引き起こしやすいため、注意が必要です。

    また、湿度が高い地域では汗疹などの皮膚疾患になりやすく、逆に乾燥した地域では上気道炎やアレルギー性鼻炎になりやすいでしょう。赴任先の気候に応じて、発症しやすい疾患を考慮した健康管理施策が求められるのです。

    問題(6)適切な医療が受けられない場合がある


    赴任先の地域によっては、医療水準が低く適切な医療を受けられる設備が整っていない場所もあります。また、急病時の迅速な対応が難しいことや、誤診または医療過誤などの問題も起こる可能性があるでしょう。

    あらかじめ現地でどのような医療機関にかかれば良いかについて、情報提供をしておくことが不可欠といえます。日本渡航医学会が提供している「海外医療機関リスト」では、中国やタイ、シンガポールなどのアジア諸国で開設されている『トラベルクリニック』のリストが公表されています。

    赴任先に該当する国がある場合には、リストの中からかかりつけの医療機関を選定しておくことも1つの対策といえるでしょう。

    ※参考:日本渡航医学会「海外医療機関リスト」

    海外赴任者向け健康診断の内容とは?

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    海外赴任者向けの健康診断としては、労働安全衛生規則の第45条の2に「海外派遣労働者の健康診断」の実施義務が規定されています。6ヵ月以上派遣される従業員に対して、赴任前と帰国時の実施が義務となっています。

    ※参考:e-gov法令検索「労働安全衛生規則」

    実施が義務付けられている項目は、一般健康診断での法定項目である11項目です。さらに、医師が必要と判断した場合には、5項目が追加されることがあります。では、健康診断の内容として法定項目の「11項目」と追加の「5項目」についてそれぞれ見ていきましょう。

    内容(1)法定健康診断の11項目


    法定項目として挙げられているのは、以下の11項目です。6ヵ月以内に定期健康診断を受けた場合は、すでに受けた項目を省略できます。

    1. 既往歴及び業務歴の調査
    2. 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
    3. 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
    4. 胸部エックス線検査および喀痰検査
    5. 血圧の測定
    6. 貧血検査(血色素量及び赤血球数)
    7. 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
    8. 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
    9. 血糖検査
    10. 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
    11. 心電図検査

    内容(2)追加の5項目


    医師が必要だと判断した場合、以下の検査項目が追加されることがあります。産業医などの医師の意見を仰ぎ、必要であれば派遣前や帰国時に行いましょう。

    • 腹部画像検査(胃部エックス線検査、腹部超音波検査
    • 尿酸値
    • B型肝炎ウイルス抗体検査
    • ABO式、Rh式の血液型検査(派遣時)
    • 糞便塗抹の検査(帰国時)

    海外赴任中の健康診断を行う必要はある?


    海外への赴任や長期出張をする従業員には、6ヵ月以上の海外派遣の場合に、派遣前と帰国時の健康診断実施が義務づけられています。ただ、海外赴任中の実施に関しては特に法的な義務はありません。

    しかし、法的な義務がないからといって、海外赴任中の従業員が一度も健康診断を受けない状態は、安全配慮義務違反となる恐れがあります。特に、海外赴任が数年に及ぶ場合、最低でも年に1回、現地で健康診断を受けることが望ましいでしょう。

    とはいえ、現地で健康診断を受診する際には、日本との医療体制の違いや適切な医療機関の選定など、さまざまな問題があります。健康診断や治療を受けるための医療機関や、健診実施後に問題があれば「誰に相談するか」について、海外赴任前に取り決めて情報提供しておくと良いでしょう。

    海外赴任者向け健康診断の注意点とは?


    前述した通り、法律で定められた派遣前と帰国時の健康診断に加えて赴任中も健康診断を行うのが理想的です。では、海外赴任者向けの健康診断を行う際には、どのようなことに注意すれば良いのでしょうか。注意点を3つ挙げて解説していきましょう。

    注意点(1)産業医に意見を聞くタイミングに注意する


    派遣前の健康診断においては、海外派遣が決定してから出国までに時間がないケースが多いでしょう。また、健康診断以外にも赴任に当たってさまざまな手続きがあり、健康診断実施に時間を割きにくいこともあるかも知れません。

    そのため、健康診断の追加項目に関して、医師から指示を受ける余裕がないことがあります。もし余裕がない場合には、直近に行った定期健康診断の結果から、従業員の健康管理について早めに意見を聞いておくと良いでしょう。特に、必要な追加項目があるかどうかは確認しておくことが重要です。

    注意点(2)受けられる健康診断項目は国によって異なる


    赴任先で健康診断を受ける際には、受診する医療機関について注意が必要です。国や地域によっては、定期健康診断が義務化されておらず、健診を受診しても日本と同じ検査項目が含まれていないことがあります。

    例えば、アメリカは、定期健康診断が義務ではなく、胸部エックス線や心電図検査が含まれないケースが多くあります。義務化されていないのは、「健康管理は個人で行う」という文化が根付いているため個人的に主治医と相談して必要な検査を行うからです。

    そのため、赴任先によってはパッケージ化された健康診断を受けにくいことがあるでしょう。海外勤務が数年単位に及ぶ場合は、健康診断を受けるのに適切な医療機関について情報提供し、受診の確認を取ってフォローすることが重要になります。

    現地で同等の健康診断を受けるのが困難な場合は、日本に一時帰国してもらったうえで健康診断を受けることが望ましいといえるでしょう。

    注意点(3)医療保険制度が充実していない場合がある


    海外で受けた健康診断の結果「治療が必要」とされた場合は、医療機関に通院する必要があります。赴任先によっては、医療保険制度が確立されておらず、費用負担が大きくなることも考えられるでしょう。

    この場合、事業主が渡航者用の保険に加入しておくことで思わぬ負担を避けられます。医療費だけでなく、盗難時の補償や賠償責任保険も附帯していることが多いため、海外生活での安全確保にも役立つでしょう。

    また、従業員の健康保険には海外出張中に受けた治療費の一部を返還してもらえる「海外療養費制度」があります。こういった制度があることを従業員に周知しておき、費用面の心配なく治療が受けられるようにしておくことも重要です。

    海外赴任前健康診断のフォローアップ方法とは?


    派遣前の健康診断の結果、要経過観察または要精密検査となった場合には、海外赴任中にフォローアップを行うことが重要です。従業員の健康状態に合わせたフォロー方法を取ると良いでしょう。ここでは、具体的に5つのフォロー方法をご紹介します。

    フォロー方法(1)経過を観察する


    派遣前の健康診断で『要経過観察』となった場合には、定期的に経過を確認するようにしましょう。

    体重や血圧の測定など自宅でもできる予防策は、赴任後も継続するように指導します。また、現地でかかりつけ医(ホームドクター)を確保しておき、異常があればスムーズに受診できるようにしておきましょう。

    定期的な経過フォローと適切な情報提供を行い、必要時に治療が受けられるようサポートすることが重要です。

    フォロー方法(2)受診勧奨をする


    派遣前の健康診断の結果『要精密検査』となった場合は、出国前に国内の医療機関を受診するよう促しましょう。

    赴任先によっては、医療レベルが十分でない可能性があり、必要な検査や治療が受けられるとは限りません。症状が重篤で赴任予定日までに検査が実施できない場合は、出国の延期を検討する必要があるでしょう。

    また、検査の結果『治療が必要』となった場合には、現地でも同じ薬の取り扱いがあるかどうかを確認することも重要です。さらに、服薬の自己中断を防ぐため、出国前に健康管理教育を行って担当者が定期的に服薬の確認を取る必要があります。

    加えて、受診の際に紹介状が必要となるケースがあります。海外の場合、英文の紹介状であれば概ね対応してもらえることが多いでしょう。派遣前の健康診断結果を含めて、従業員の健康情報を英文化して用意しておくとスムーズです。

    フォロー方法(3)運動指導をする


    地域によっては車社会であり、歩く機会が減って運動不足に陥ることがあります。そのため、定期的な運動習慣をつけることは大切です。ただし、治安や気候の問題に留意しながら、可能な範囲での運動を勧めるようにしましょう。

    外出して運動することが難しければ、自宅で行うストレッチやトレーニング、施設を利用した運動などを勧めることが有効です。

    フォロー方法(4)生活指導をする


    海外赴任中の生活リズムが乱れていないかどうかもチェックすることが大切です。

    特に赴任直後は、時差ぼけの影響からリズムが乱れがちです。その後も、「睡眠時間が確保できているか」「余暇の時間を健全に過ごせているか」などについてフォローしていきましょう。

    フォロー方法(5)栄養指導をする


    海外生活では、偏食が続くことにより生活習慣病のリスクも高まります。可能な限り外食を少なくし、和食を取り入れるように勧めるなど、食生活に関する指導が必要です。

    また、慣れない海外生活からストレスをためてしまい、暴食や飲酒量の増加につながる場合もあります。適切な「ストレス発散方法」についても伝えていくことが重要でしょう。

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