アントレプレナーシップ教育とは
「アントレプレナーシップ教育」とは、単なる起業家育成のためのビジネス教育ではなく、社会課題を自ら発見し、解決に向けて挑戦する知識・能力・態度を身につける教育です。グループワークなどを通じて、他者と協働しながら解決策を探求する力も養われます。
そもそも「アントレプレナーシップ」という言葉の定義自体は、姿勢や行動全体を指すものです。たとえば、小学館の「デジタル大辞泉」では、「企業家精神。新しい事業の創造意欲に燃え、高いリスクに果敢に挑む姿勢」と定義されています。一方で、経営学者のピーター・ドラッカーは「イノベーションを武器として、変化の中に機会を発見し、事業を成功させる行動体系」と定義しているのです。
言葉の定義からもわかるように、アントレプレナーシップ教育では挑戦する姿勢が求められます。アントレプレナーシップ教育を通じて、社会の仕組みを理解し、仕事をしてお金を稼ぐというビジネスの体験学習を受けることで、はたらくWell-being※を得られるでしょう。
はたらくWell-beingとは・・・やりたいことを仕事にして、経済的に自立する力のこと。この力を身につけることで、人生100年時代を精神的にも経済的にも豊かに生きやすくなるといわれています。
※参考:文部科学省 「アントレプレナーシップオフィシャルサイト 自分の未来は自分でつくる」
※参考:パーソルホールディングス 「アントレプレナーシップとは?求められる理由と必要スキル・育成方法を簡単に解説」
アントレプレナーシップ教育が注目されている背景
近年、アントレプレナーシップ教育が注目されている背景には、「VUCA時代」と呼ばれる社会情勢の変化が挙げられるでしょう。
VUCAとは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を取ったものです。経済や顧客ニーズ、雇用形態などが激しく変動する時代を表しています。
このようなVUCA時代において、企業が変動性の高い環境下で生き残るためには、自発的に行動し、課題解決や価値創出をおこなっていける人材が必要不可欠です。アントレプレナーシップ教育は、まさにこうした人材を育成するために注目されています。
※参考:パーソルホールディングス 「VUCAとは?意味や時代に合わせた対策・必要な組織作りを解説」
アントレプレナーシップ教育の目的
アントレプレナーシップ教育を実施する主な目的は、以下の2つです。
- 社会変化に対応し自分らしさを発揮できる人材の育成
- 社会経済にイノベーションを起こせる人材の育成
何のためにおこない、どのような効果が期待できるのか、詳細を見ていきましょう。
3-1. 社会変化に対応し自分らしさを発揮できる人材の育成
3-1. 社会変化に対応し自分らしさを発揮できる人材の育成
アントレプレナーシップ教育の目的は、社会変化に対応し、自分らしさを発揮できる人材を育成することにあります。この目的を達成するためには、アントレプレナーシップ教育を単発的な学習で終わらせるのではなく、継続的におこなうことが重要です。
前項の「アントレプレナーシップ教育が注目されている背景」で解説したとおり、現代は「VUCA時代」と呼ばれる、変化が目まぐるしく予測困難な状況にあります。このような状況下で、最適な意思決定をおこないビジネスを成功に導くためには、以下のような知識・能力・態度を身につけることが必要とされています。
- 社会課題を自ら発見する力
- 課題解決に向けて挑戦する態度
- 他者と協働しながら解決策を探求する能力
これらの知識・能力・態度は一朝一夕に身につくものではなく、継続的な学習を通じて段階的に育成していく必要があるのです。長期間にわたる体系的かつ継続的なカリキュラムを通じて、学習者は社会変化に対応し、自分らしさを発揮できる人材へと成長していけるでしょう。
3-2. 社会経済にイノベーションを起こせる人材の育成
3-2. 社会経済にイノベーションを起こせる人材の育成
アントレプレナーシップ教育のもう1つの重要な目的は、社会経済の発展に貢献できるイノベーティブな人材を育てることです。自ら考え、行動し、従来の枠組みにとらわれない新たな価値を生み出せる人材を育成することで、社会で活躍できる人材を増やします。
近年、大学の研究機関で開発された最先端の技術を、企業が活用する「産学連携」の取り組みが増えてきました。このような連携は、イノベーションを起こせる人材の育成と、新たな知識の創出の場として機能しています。アントレプレナーシップ教育は、こうした産学連携の取り組みとも密接に関連しながら、社会経済の発展に寄与する人材の輩出を目指しているのです。
アントレプレナーシップ教育の現状
アントレプレナーシップ教育の現状
アントレプレナーシップ教育に関しては、世界に後れを取っているのが日本の現状です。
2021年の文部科学省の資料によると、日本の大学におけるアントレプレナーシップ教育の受講者は、全体のわずか1%程度に留まっています。また、アントレプレナーシップ教育を実施している大学は全体の27%にすぎません。その中でも実践的な内容を提供できている大学はさらに少なく、わずか7%です。
教育予算の面でも課題が見られます。アントレプレナーシップ教育を実施している大学の35%が予算のない状態で運営しており、残りの大学に関しても約7割が100万円以下の予算で実施しているのが実態です。さらに、大企業やベンチャーキャピタルなどとの連携も、不十分であることが指摘されています。
こうした状況の背景には、大学が保有するリソース、とくにアントレプレナーシップ教育を実施できる人材の有無によって、教育の質や機会に差が生じていることが挙げられます。実際に、企業と連携して新たな取り組みを実施する大学も増えてきているものの、いまだに不十分な状況であるという調査結果も出ていました。
一方で、明るい兆しも見えています。高等学校においては2022年より探究活動が必修化され、アントレプレナーシップ教育と近い内容を実践する授業も取り入れられるようになりました。この動きは、将来的に大学でのアントレプレナーシップ教育の基盤を強化する可能性につながります。
※参考:文部科学省 「アントレプレナーシップ教育の現状について」
アントレプレナーシップ教育は2段階に分けて考えるとよい
ここまで「アントレプレナーシップ教育」と一括りに解説してきましたが、効果的な学習と実践のためには「醸成」と「発揮」の2段階に分けて考えることがポイントです。
まず、「醸成」のフェーズでは、学生の内面的な成長と基礎的なスキル開発に重点を置きます。
このステージでは、自身の持つ資源を超えて機会を追求し、未来創造や課題解決に向けた行動を起こすための精神と態度を育成しましょう。
より具体的には、学生が自分の枠を飛び越えて行動し、価値を創出するチャンスをつかむために必要な能力を養うことを指し、これには「創造力」「行動力」「精神力」「共同力」も含まれます。さらに社会課題や自分自身への気づきを深めることも重要です。
「醸成」のフェーズでは、ワークや演習などの活動を通じて、これらの能力やマインドセットを育成していきましょう。
次に「発揮」フェーズでは、実践的なスキルと知識の獲得に焦点を当てることが特徴です。
このステージでは、学生が創造したい未来や解決したい課題に応じて、実際に事業を進めていくうえで必要となる専門的知識や、実践的な経験を積む機会を設けます。たとえば、産学連携プロジェクトのような実践的な機会を通じて、事業推進に必要な専門知識や実践経験を培う…といった具合です。
このように、アントレプレナーシップ教育を2段階に分けることで、学生は段階的に必要なスキルと心構えの習得が可能となるでしょう。最初の醸成フェーズで基礎的な能力とマインドセットを育成し、その後の発揮フェーズで実践的なスキルと経験を積むことによって、バランスの取れた起業家教育が可能となります。
※参考:文部科学省 「令和4年度全国アントレプレナーシップ醸成促進に向けた調査分析等業務報告書」
アントレプレナーシップ教育は継続学習することが重要
アントレプレナーシップ教育は継続学習することが重要
先述のとおり、アントレプレナーシップの教育では、学生が能動的に社会課題を発見し、その解決に取り組む姿勢を養うことを目指しています。さらに、他者と協働しながら課題解決にあたるスキルを身につけることも、重要な目標の1つです。
これらのスキルや能力は、単発の学習では十分に身につきません。十分な理解と習得のためには、繰り返しの実践と経験が不可欠だからです。単発の講義やワークショップでは表面的な理解に留まる可能性が高く、実際の場面で活用できるレベルにまで到達することは難しいといえるでしょう。
そのため、アントレプレナーシップ教育は、反復して継続的におこなわれる必要があります。継続的な学習を通じて、学生は徐々に行動レベルでのスキルを習得していくのです。理論的な理解から実践的な適用へと段階的に進化させることで、スキル獲得が可能となるでしょう。
このような継続的学習を実現するためには、適切な仕組みづくりと体制構築が欠かせません。そのために教育機関は、長期的な視点を持って、カリキュラムを設計し、実践の機会を提供する必要があります。また、学生のモチベーションを維持し、しっかりと成長してもらえるよう、進捗を適切に評価しフィードバックを与える体制も整えなければなりません。
継続的な学習環境を整えることで、学生は段階的にスキルを向上させ、実社会で活躍できる起業家精神を身につけられるでしょう。
※参考:創業手帳 『文部科学省|日本の課題を解決するために「アントレプレナーシップ教育」「大学発スタートアップ創出」を推進』
アントレプレナーシップ教育を学校の学習に導入する際のポイント
アントレプレナーシップ教育を実際の学習に導入して、効果を得るためには、以下の2点に注意しましょう。
- アントレプレナーシップ教育の視点で既存学習を拡充する
- 習得させたい能力に沿った新単元を設定する
それぞれ、なぜ重要で、どのような点に気をつければよいかを解説します。
7-1. アントレプレナーシップ教育の視点で既存学習を拡充する
7-1. アントレプレナーシップ教育の視点で既存学習を拡充する
学校の既存の学習にアントレプレナーシップ教育を導入する際は、現在の教科内容を大きく変更するのではなく、アントレプレナーシップの視点を取り入れて拡充していくことがポイントです。
たとえば、企業訪問や起業家による講演を授業内でおこなうことで、生徒たちが実社会とのつながりを感じ、アントレプレナーシップについて学ぶ機会を得られます。
ただし、単に活動を取り入れるだけでは十分ではありません。どの能力を伸ばしたいのかを明確に定め、その目的に沿った適切な取り組みを選択することが重要です。
たとえば、生徒たちのコミュニケーション能力やチームワーク力を伸ばしたい場合は、グループワークを中心とした起業プロジェクトを授業に取り入れてみましょう。問題解決能力を育成したい場合は、実社会の課題をテーマとして問題の解決策を探るケーススタディを、授業に取り入れるのがよいでしょう。
また、生徒たちが自ら行動し、学ぶ姿勢を身につけることも、アントレプレナーシップ教育の重要な要素です。職場体験学習や作品展などを授業と連携させることで、生徒たちが自律し、考え、行動する力を育めます。
このように、アントレプレナーシップ教育を学校の学習に導入する際は、既存の教科内容を大きく変更するのではなく、アントレプレナーシップの視点を取り入れて拡充するとよいでしょう。より効果的な学習が可能となります。
7-2. 習得させたい能力に沿った新単元を設定する
7-2. 習得させたい能力に沿った新単元を設定する
アントレプレナーシップ教育を学校の学習に導入する際に重要となるもう1つのポイントは、習得させたい能力に沿った新しい単元を設定することです。
各教科の中に、アントレプレナーシップ教育の観点から育成したい能力の向上につながる取り組みを、新単元として組み込むとよいでしょう。その際、どの能力を育みたいのかを事前に明確にしておくことが重要です。
そうすることで、次年度の教育計画を考える際に適切な取り組みを選択し、単元を設計できるようになります。
たとえば、クラスや学年内でのビジネスコンテストや模擬起業体験、企業との共同プロジェクトなどを新単元として採用することで、生徒たちはより実践的な形でアントレプレナーシップに必要な能力を身につけられます。仮にビジネスコンテストを実施するならば、生徒たちが事業アイデアを競い合うことで、創造力やプレゼンテーション能力を養えるでしょう。模擬起業体験では、仮想の会社を立ち上げ運営することで、リーダーシップやマネジメント能力を学べます。
このように、習得させたい能力に沿った新単元を設定し、実践的な学習機会を提供することで、アントレプレナーシップ教育をより効果的に学校の学習へと導入できます。
アントレプレナーシップ教育プログラムの事例
最後に、アントレプレナーシップ教育プログラムの事例を、3つご紹介します。自校でどのように推進していけばよいか、イメージをつかむうえでのご参考としてください。
8-1. いきいきゲーム|WiLLSeed
8-1. いきいきゲーム|WiLLSeed
子供創造塾事業の一環として実施される「いきいきゲーム」は、若年層向けの体験型ビジネス教育プログラムです。小学5年生から高校3年生を対象とし、1クラス21~45名で6時限(1日)にわたって実施されます。
同ゲームは実際の社会をモデルにした国対抗形式で進行し、参加者は与えられた資源、技術力、資金を基に、最も豊かな国を目指します。ゲーム中ではさまざまな社会現象が発生するため、参加者はチームで協力しながら意思決定と行動をしていく必要があるでしょう。
子供創造塾事業の理念に基づき、「作る、運ぶ、売る、買う」といった基本的な経済活動を通じて社会の仕組みを体感させ、「働く」ことへの興味と意欲を喚起することが、同プログラムの目的です。参加者は夢中でゲームに取り組みながら、実社会と自分のつながりを実感し、仕事の本質を学びます。
※参考:株式会社ウィル・シード 「若年層向け教育支援事業 YOUTH PROJECT」
8-2. 起業家教育事業|株式会社ガイアックス
8-2. 起業家教育事業|株式会社ガイアックス
株式会社ガイアックスは、飯塚市と連携し、飯塚高校健康スポーツコース1年生を対象として、3日間のアントレプレナーシップ教育プログラム「起業ゼミ」を実施しました。
同プログラムは単なる起業家育成ではなく、起業の疑似体験を通じて生徒たちが地元の魅力や課題を発見し、進路やキャリアのヒントを見つけることが目的です。
3日間で計4時間にわたるプログラムで、生徒たちは身近な困りごとから商品・サービスの考案に挑戦します。実際、1日目は課題設定、2日目は情報収集と分析、3日目はまとめと発表をおこないました。ビジネスの基本概念の理解や地域課題の発見、インタビュー準備、アイデア発想、プレゼンテーション資料作成などを通じて、アントプレナーシップに関して実践的な学びを得られるプログラムです。
同プログラムを通じて、生徒たちは起業家精神を養いながら、地域への理解を深め、自身の将来について考える機会を得られました。
※参考:PR TIMES 「ガイアックス、飯塚市と連携し、飯塚高校でアントレプレナーシップ教育プログラムを実施」
※参考:株式会社ガイアックス 「起業家教育事業 - Gaiax STARTUP STUDIO」
8-3. BizWorldPRO|BizWorldJapan
8-3. BizWorldPRO|BizWorldJapan
BizWorldは、シリコンバレー発の初等教育向けアントレプレナーシップ教育プログラムです。
従来のプログラムがアイデア出しとプレゼンに留まる中、同社では会社設立から販売までと、より実践的な経営体験を複数のプログラムで提供しています。例えば、BizWorldPROは17〜20時間の全17セッションで構成され、ビジネス用語学習やチーム形成、会社設立、資金調達、製品開発、マーケティング、販売を体験します。財務管理の実践と意思決定の振り返りまでおこなう点も、特徴的です。
同プログラムは、21世紀型のスキルとして注目されている「4つのC」(批判的思考、コミュニケーション、コラボレーション、創造性)の育成に焦点を当てています。複雑な意思決定、プレゼンテーション、チームワーク、創造的な問題解決など、実践的なビジネス体験を通じてこれらのスキルを総合的に養成しています。
※参考:BizWorld Japan 「BizWorld プログラム詳細」
まとめ
アントレプレナーシップ教育は、社会変化に対応し自分らしさを発揮できる人材や、社会経済にイノベーションを起こせる人材の育成を目的としています。この教育を効果的におこなうためには、「醸成」と「発揮」の2段階に分けて考え、継続的な学習を重視することが重要です。
学校の学習にアントレプレナーシップ教育を導入する際は、導入負担を軽減するためゼロから新規で設計するのではなく、既存の学習内容をアントレプレナーシップの視点で拡充することから始めましょう。
また、習得させたい能力に沿った新しい単元を設定することも効果的です。こうしたアプローチにより生徒たちは起業家のマインドセットや問題解決能力、クリティカルシンキングなどのスキルを会得する機会を得られるでしょう。
パーソルビジネスプロセスデザインでは、前述の「BizWorld Pro」を活用した教育プログラムを、全国の小学生から高校生までを対象に提供し、アントレプレナーシップ教育の促進を支援しています。
アントレプレナーシップ教育の取り組みをより深く知りたいという方は、ぜひ一度パーソルビジネスプロセスデザインのサイトをご覧になってください。